前回、前々回と2回にわたりポテンシャルを伸ばす話を書いた。
その話をもう少し引き伸ばしたい。
よく知られているギリシア神話の謎なぞをまず引用する。
「一つの声をもち、朝には四つ足、昼には二本足、夜には三つ足で歩くものは何か。 その生き物は全ての生き物の中で最も姿を変える」。
答えは「人間」。
人間は幼年期に四つ足、青年期に二本足、 老年期には杖をついて三本の足で歩くというが理屈。
加齢とともに足が弱り、衰えるのは何も現代だけでなく、遠いギリシア時代から人間が直面する不変の生理現象であった。
上の謎なぞのように、足腰の強さを人生ステージ進捗の基準にすれば、
青年・壮年期を極めて永く、老年期を極力短くすることを我々はめざしたい。
人生のステージは年齢によって一律に区分されるのではなく、
体との向き合い方、体の使い方によって決まり、永くも短くも変化するものである。
青年・壮年期を永く引き伸ばすための一つの答えが武道にあると思う。
武道では「手足の動きの一致」がもっとも大切にされ、上半身単独の動きを嫌う。
その理想の動きを体現するため、歩行練習、つまり歩くことに長い時間を費やす。
呉式太極拳の練習は30分から40分かけ、
上半身下半身を協調させゆっくりと歩く練習である。
それが安定した強靭な足腰をつくってくれる。
重心が下に収まり、上半身が「虚」また「柔」の状態になることが手足の動きの一致を約束してくれる。
手足をつなぐ経路である腰・背中・肩・肘が硬ければ、
下半身から上半身への情報伝達が著しく損なわれる。
上半身を柔らかく使うには、是が非でも下半身の安定と強さの支えが必要であり、
武道の練習のほとんどが歩行練習である理由はここにある。
ふたたび野球の話で恐縮だが、
サントリードリームマッチの往年の名選手の動きを先日映像で観た。
名選手だけあって50代、60代でも往時をしのばせる素晴らしいプレーであったのだが、
現役時代とは明らかに異なる違和感が目についた。
それは何かというと、手足の動きが一致せず、上半身頼みのプレーであること。
下半身と腰の衰えが著しく、両者が上半身と比べると極端に動けていない。
上・下のバランスが悪すぎるのが惜しまれた。
名選手であっても足腰の急速な衰えにはあらがえないようだ。
一方で上半身の動きには昔の冴えが残る。
鍛えやすく維持しやすい上半身に対し、鍛えるのに時間がかかり、維持しにくい下半身という人体の構図が見えてくる。
この人間不変の摂理を熟知している武道が、
いくつになっても歩行練習を徹底的に行うのは、上半身と下半身のしなやかな協調性を失わないため、手足の動きを常に一致させるためであることを忘れてはならない。(つづく)